<<実践報告・論文集>>

強度行動障害のケースに対する
一つの取り組み

<<目次>>

 (1)はじめに
 (2)ケース実践例
 (3)考察

※この論文は、平成10年3月横浜市福祉局発行
「施設事業運営報告書」に掲載された物です。

(1) はじめに

 現在、施設の中では強度行動障害の利用者への理解とその対応が注目されている。つまり注目されていると同時にその対応に四苦八苦している現状があるということである。一口に強度行動障害と言っても、本人の状態像や生育歴、問題行動そのものの様態も様々であるし、その対応方法も試行錯誤の連続である。そして施設実践そのもののが方法論の確立の渦中にあるといえる。
 強度行動障害についての定義として「強度行動障害児(者)とは、直接的他害(噛みつき、頭突き等)や、間接的他害(睡眠の乱れ、同一性の保持<場所・プログラム・人への拘り・多動・うなり・飛び出し・器物破損等>)や自傷行為等が、通常考えられない頻度と形式で出現し、その養育環境では著しく処遇の困難な者をいい、行動的に定義される群である。その中には医学的には、自閉症児(者)、精神薄弱児(者)、精神病児(者)等が含まれるものの、必ずしも医学により定義される群ではない。主として、本人に対する総合的な療育の必要性を背景として成立した概念である」とされる。(平成2年度厚生省心身障害研究「強度行動障害児(者)の処遇に関する研究」より)
 そのようなある種奇異といえるような、また異常ともいえるような行動をとる人に対する療育の必要性に対してどのように応えてゆくか。その一つの対応方法として「問題行動に対する制止と調整」ということを取り上げたいと思う。問題行動に対してこちら側から「動作そのものを止めて行動を整えてあげる」ということである。「動作を止めること」と「行動を調整すること」は一つである。そこでどのようなコミュニケーションが成り立っているか、人間的な関係が取り交わされているかを現象的な事実として捉えられればと思う。それはそのような問題行動を「取らざるをえない」人たちとどのような関わりが可能かという問題、言い換えると今施設の現場職員が試行錯誤しながら迷い、「どうしたらよいか解らない」「困り果ててしまった」という言葉を発せざるを得ないような状況の解決の糸口を掴む「始まり」であると現在考えている。
「始まり」=出発(スタート)を切らなければ彼らは依然として「異邦人」として存在するであろう。そして彼らと我々との間にある厳然としてある「距離」は近づくことはないと考えている。そのスタートは単独ではない。相互的なのである。それ故に関係そのものが成り立つのである。「制止と調整」という援助方法そのものが相互的な営みを作るということに対してどのような役割を果たし得るか、ケースの実践報告をした後で試論として述べることが出来ればと考える。
 またそのことを述べるに当たって非常に微妙な問題として現れる「体罰・暴力の問題」に触れざるを得ないであろう。そのことは「制止と調整」ということが方法論として成り立つ上で避けては通れない問題であると考える。
 ケース事例として次に述べる処遇経過は施設内処遇から施設外処遇へと移行しつつ改めて施設内における処遇の在り方を見直す経過である。ケースそのものはH7.5にてらん広場に緊急一時(以下緊一と略す)で入所し、H8.2に緊一が終了するまでの約一年間の関わりであった(現在はてらん広場に入所になっている)。緊一入所当初は、以下ケースの概要を述べる際に表れている行動障害(つねる、噛みつく、破壊するなど)に対して毅然とした態度で対応した。直接的な他害に対しては行動そのものを防がなくてはならない。その時点では他者に危害が及ぶような、また自身の体を傷つけるような行動のみに着目していたといえよう。そして激しい行動障害の部分に対して行動を制止することで、問題行動自体が減少して施設の生活そのものが安定してきた。しかしそれはあくまでも施設の中での安定である。てらん広場では施設内で安定すればそれでよいという考え方で処遇を組み立ててはいない。こちらの処遇の成果と彼の状態が一般社会に通用するものなのかどうか実践してみる必要があるのである。その是非によって初めて自分たちが行っている処遇方法や考え方が判断されると考えているからである。施設内の処遇はあくまで基礎訓練の域を出ない。逆に施設の外に出すことによって施設での指導方針自体の変更を迫られるようなそのような取り組みが必要なのである。
 具体的にはH7.10から緊一終了まで通所訓練として自宅からてらん広場まで交通機関を使って職員付きで通所している。はじめは週末帰宅訓練からそして日常的な通勤訓練まで行なった。その間の経緯を処遇記録として述べると共に、指導の在り方とケースの行動の質的な変容を述べてみたい。

(2) ケース実践例

利用者名 S  
昭和49年10月27日生  24歳
@障害名、疾患名   重度精神遅滞
IQ13 MA2歳1ヶ月
大脇式 測定不能
A 家族構成
実父 S23.8.19 会社員
実母 S24.4.13
実姉 S47.9.24
本人 (♂) S49.10.27
B 本人の生育歴
胎生期・・・順調
出生期・・・正常  
出生体重2820g  身長51cm

(乳幼児期)
 始歩、始語とも1歳頃であったが、以後言葉が増えず、1歳半頃地域の福祉事務所より紹介されて、2歳時こども医療センターを受診した。脳波所見上正常とは言いがたいとのことで、フォローを受けた。3歳時、U病院にデイサービス(週1回)で1年間通う。自閉的との指摘を受けたという。その後S療育センターを受診しフォローを受ける。多動で目が離せなかったという。4歳時に、幼稚園を希望するも、受け入れの園なく、5歳より就学までの1年、精神薄弱児通園施設Tに通った。

(学齢時)
 就学時に養護教育総合センターより養護学校を勧められるが、家庭の希望で特殊学級に就学し、小学2年まで情緒障害児学級に通級(週2回)し、五十音の読み書き、発音の訓練を受ける。就学後、脳波所見に癲癇波が見られたとのことで、服薬を始める。小学2年頃より他害行為(つねり)が友人、先生に対して見られ始めた。以後、S養護学校中等部、高等部へ進む。中学2年時、M医科大病院精神科へ転医した。この頃より体格が大きくなり、家族がパニック等への対応に苦慮し始め、服薬が増量される。しかし、小学校から高校を通じて健康状態は良好で、学校を嫌がったこともなく休まず通学していた。

(学齢期以後、現在まで)
 H5.4より通所更生施設Dに通所。H6.4よりグループホームに入所。基本的に行動障害に変化は見られないが、通所開始時に比べると、施設での生活範囲においては、一定の落ちつきを見せるようになっている。職員は本人の固執の中でもわがままについては認めず本人の生活の幅を広げてゆく方向でねばり強く指導を進めていた。本人は好・不調の波が激しく、母親が本人のことで動揺すると(課題設定や評価の基準を高く置きすぎる点、考えすぎるが故に方針に揺れが生じやすい点、本人の興味を伸ばすことと、わがままを押さえることとの区別が付ききれない点、以上3点基礎調査票)、長年培われてきた母親との依存関係から、本人も不調となり、パニックを起こしやすくなるとのこと。そのときは父親を含め対処しきれないことも多く、通所施設の職員が援助に駆けつけることも度々であった。H7.3に週末の帰宅訓練中、パニックを起こし、母親を蹴ってしまい、剥離骨折で8日間の入院の事態になってしまった。これが発端となり、緊急一時入所として同年5月てらん広場に入ってくる。

C 基本的な問題点
(a)他害(つねり、噛みつき)
 自分の意にそぐわぬ事柄や予定変更に対してかなり強いつねりがでる。つねるところは上腕や太股等の軟らかい部分に限られる。反射と言うよりも故意的な行動に思われる。また職員が対応する際蹴りなどで抵抗する。また噛みつきがひどく喰いちぎられる状態になる。
(b)こだわり
 生活のあらゆる場面でこだわり行動が見られる。歩行に関しては途中で止まりそのままバックすること、また日常動作においても動きの途中で”ひっかかり”止まる場面が多い。衣類のこだわりもあり、同じものを着たがる。食事の時肘をつく。トイレでもペーパー流し。食器の位置にこだわる。湯船にいきなり入る。頭を洗うことを嫌がる。
(c)自傷
 顔や腕などに引っかき傷を作り、かさぶたをはがしてしまうこともある。自傷が激しくなると状態が悪くなる。

D具体的な方針と到達目標
(a)他害行為の制止と行動抑制
集団生活がスムーズに行えるように本人の行動を整えてゆく。
(b)帰宅訓練の実施
家庭との連携を取りながら帰宅訓練を実施し、通所形態に戻す。

ES君の週末帰宅通勤訓練
(目標)
 自宅からてらん広場まで自力で通勤できるようにすること。そして翌年2月にはてらんに通所、3月には通所施設Dに自力通所できるようにすることを目標とする。
(手段)
 経路としてはてらん広場−Sバス停−N駅前バス停−N駅−I野駅−自宅
 バスに関してはバスカードを利用する。電車に関しては現金(千円札)を利用する。
(方法)
 初めは本人に付いて通勤するが、ポイントとなる場面場面で少しずつ手を離してゆく。ポイントになる場面として歩道の歩き方とスピード、切符を買うこと、バスや電車の乗り方と降り方、その間の状態、そして待つこと等である。
 社会的な場面適応ということで、本人の意欲と自主的な行動を引き出し尊重するスタンスを取る。

<援助経過>
10/7(土)
 てらんを退所する前に自分の力で通勤できるようにやってみようという話をする。本人はまじめな顔つきで頷く。4時頃てらんを出発し、Sバス停からバスに乗る。バスカードを使うのは初めてなのか、いつも母親がお金を払っていたのか、バスカードの使い方に少し手間取りそのままバスの中に入ろうとする。バスの中では落ちついていた。本人は右側の一番前の椅子に座り、そのすぐ後ろに自分が座る。N駅前にバスが停車する時、顔を横に向け降りる確認をする動きがある。「降りるよ」と声をかけバスから降りる。駅に向かう途中でコンビニがあり指を指す。「買わない」と言い駅に向かう。切符売り場に売店があり、そこでプリッツを一つ買う。千円札で切符を買い、改札は無難に通る。電車にはスムーズに乗り座席に座る。H駅で停車すると階段の方に指を指すが(いつもここで降りて買い物をするという)、I駅まで行くことを伝える。
 I駅に着き、改札を出るとバスターミナルに出る。歩いていくように言うと、右に折れて歩き出す。そしてバスターミナルをひとまわりするようにして戻ってくる。ここで「自分はS君の家を知らないから君が自分で行くしかない」と言うと突然「ヒー」という声を出し始め、上下にジャンプする行動を繰り返し、ジャンプしながら手を叩きだした。母親が迎えに来てくれることを期待していたのか、職員が自宅まで連れていってくれると思ったのかは不明である。そのうちこちらに対して声を出しながらつねりなども4,5回出る。それらを抑えて自分で行くように促すとバスターミナルの所で「ばっ、ばっ」とバスを指さし、乗ると訴えてくる。「バスに乗るの?」と聞くと大きく頷く。「自分で降りられる?」と聞くと、大きく頷く。「絶対?」と言うと、大きく頷くのでT行きバスに乗ることにする(いつもは母親とバスに乗って帰るという)。少し不安であったがバスに乗り込む。歩いて15分と聞いていたのでそれほど時間はかからないと思ったが、しばらくたっても降りようとする気配がない。「失敗」と思ったが行くところまで行くしかない。運転手の人から「どこまで行くの?」と聞かれるが「本人任せなので・・」と答えるしかなかった。I団地を過ぎてしばらく行ったところで「ここからTの方へ行くけれど、大丈夫?」と運転手が聞くので「I駅までここから何分くらいですか」と聞くと「歩いて2,30分かな」と言うのでバスを降りて歩いていくことにする。そして本人と一緒に走ってI駅に向かう。15分くらいひたすら走り続ける。
 I駅に戻り、「さあ、歩いていってもらうよ」と言うと「ばっ、ばっ」とまた言う。「バスでは帰れない。歩いて帰るしかない。」と言うとジャンピングやつねりなどがまた出る。「それじゃだめだ。自分の力で帰るしかない。」と言うと、こちらの腕を取って左の方へ歩き始める。途中「本当に大丈夫?」と聞きながらであったが黙々と歩いていた。歩いて15分くらい経つと、A団地の自宅に着く。
10/9(月)
 朝、自宅まで迎えに行く。団地の下で待っていると、本人が「ヒー、ヒー」と声を出しながら肩掛け鞄を母親と姉に持たせ、自分は手叩きなどをしながら階段を降りてくる。一人で来るように声掛けするがなかなか母、姉から離れようとせず。姉から鞄を受け取り本人を引っ張るようにして出かける。途中マンホールにこだわったり、止まってバックしたりする。電車やバスの中では落ちついていたが、Sバス停に着いてからはてらんまで一人で走っていく。
10/14(土)
 今日はN駅の改札から一人で行くように言う。Sバス停からN駅までスムーズに行き、改札までどこにも寄らないで行く。切符を買い、改札で分かれる。駅のトイレに行ってから声を出し始める。すぐに近寄り、一人で頑張るように言う。そして本人は後ろを振り返りながらエスカレーターでホームに降りていった。そっとホームに降りて隠れて見ていると、ホームのベンチに座り1,2本目の電車はやり過ごす。その間の状況はベンチに座り右足を左足に乗せて組み、右足を上下に振っている。その間10分ほどである。3本目の電車が来てドアが開き、2秒くらい経ってからベンチから立ち上がって電車の前に立つがそのままドアが閉まってしまう。その後またベンチに戻る。4本目の電車が来たとき電車が完全に止まる前に立ち上がり、電車のドアが開き後一歩で入れるというところだったが足を入れる一歩が出なかった。そのままドアは閉まってしまう。これがホームに降りてから計20分ほどの行動である。こちらは階段の裏で見ていたが、次の電車が来るまで時間があったため少しの間目を離していた。しばらくして見るとホームで本人の姿を見失ってしまった。どうしたのかと思っていると、改札を出たり入ったりしながら「ヒー、ヒー」声を出しながら騒いでいるのが分かりすぐに抑える。
 本人と一緒に電車に乗りI駅で降りる。電車の中は落ちついていた。I駅から一人で行ってもらう。ターミナルの所でしばらく止まっていたが歩き出す。家に向かうが、途中パン屋、文房具屋、酒屋に寄り品物を見ていた。それから自宅に向かって本格的に歩き出す。
10/21(土)
 本人にはどこにも寄らないこと、真っ直ぐ帰ることを言って聞かせる。I職員に手伝ってもらい、一人で電車に乗ってもらう。
N駅ホームまで一緒に行き、電車が来た時点で肩をポンと押して電車に入れる。乗ったとき、助けを求めるように手を出していたがそのままドアが閉まる。隣の車両でI職員に様子を見てもらう。(I職員には電車の中で問題行動が起きるまで待っていてもらうようにする。)電車の中では落ちついていたとのこと。ただH駅で急行待ちをしているときにホームと電車の乗り降りを繰り返していた。そのときI職員が座っているように言う。I駅できちんと降りる。
 その後バスターミナルでしばらく止まっている。(そのときにI職員と自分が合流する。)その間行ったり来たりしながら駅でジュースを1本買い、その後隣のスーパーに入る。スーパーの中では一回りして出てくる。その後またしばらく歩道で止まっていた。それから家に向かいはじめる。その後は前回寄ったパン屋や文房具屋には寄らず真っ直ぐ家に帰る。ただ家に着く最後の横断歩道で赤信号で渡ってしまう。
10/23(月)
 一人でI駅に来るようにする。母親とお姉さんが遠くから観察していたが、バス停で待っていたり、道で止まったり、バックしたりする。来ることは来たが1時間以上かかってしまう。駅に着いたのは9時を過ぎていた。その後は職員と一緒にスムーズにてらんまで戻る。
11/4(土)
 まだ一度もきちんと帰れたという経験がないということから、普通に家に帰り、てらんに戻ってくるということをする。ぴったり本人の側に付き、やり遂げることを目的とする。
 声だし、歩くことのこだわり、手の動きなど全て声掛けか手をふれる程度で止まる。非常にスムーズであった。
11/6(月)
 マンホールのこだわりも事前に声掛けしておくとやらないで済む。てらんまでスムーズに行く。T職員から「普通に歩いているね。普通だよ。」と声をかけられる。
11/18(土)
 てらん広場を出発する前に、本人に「1メートル離れて行くけどいいか?」と聞くと少し渋る様子をするので「50センチでは?」と問いかけると頷く。了解しててらん広場を出発する。てらん広場からバス停に行くまでに自動販売機を指差し飲みたいといってくるが、どこにも寄らないと言うとスムーズに通り過ぎる。バス停からバスに乗り(少し混んでいて職員と本人の距離が少し離れていた。本人は座席に座り、職員は立っていた。)、N駅前に着くと声掛けしないでも自分ですっと立ち上がりバスを降りる。N駅で電車に乗る前に、ベンチに座っていて電車が来たときに声掛けしないと乗り込めない様子であった。声掛けして電車に乗り込む。(ただし背中を押したり等の身体的な指導はしていない。)電車の中では静かに座っていた。今回は隣ではなく対面の座席に座る。I駅でも自然に降りる。
 I駅からは1メートル離れて後ろから付いてゆく。声だしもなく、止まったりバックしたりすることもなくスムーズに家まで帰ってこられる。
11/24(金)
 来週から通所になる旨を伝える。本人の状態は非常によい。11/22の食事に卵料理が出るが、「今は家に週1回しか帰らないで自分の好きなものが食べられるかもしれないけれど、通所になった場合、自分の好きなものばかりは出ない。それが家庭生活というもの。今日の夕飯はオムレツだけれど、絶対に声を出さないように。」と言って食事に向かう。多少は時間がかかるが落ちついて静かに食べられる。11/24も同様の料理が出るが何の問題もなく食べられたとのこと。(K職員が驚いていた。)
 PM4:30頃てらん広場を出発する。バスの中では落ちついている。N駅前で降り、電車に乗る。乗車の時には少し動作が遅く、「いくぞ」と声を掛けないと乗れない状態であった。電車に乗り込むとドアから顔を出して少しこだわっている様子。電車の中央まで引っ張ってゆき、空いている座席に座る。乗車中は何の問題もない。以前、家庭では散髪に行けなかったということなので(じっと座っていられないし、こだわりが多くて髪を切らせないという母親からの話であった)、座りながら「I駅前で散髪するか?」と聞くと頷く。I駅では電車が止まると同時に促されることなく自分で立ち上がって降りる。改札を出て右に曲がった時点でバスターミナルの方へ行く足どりであったので、真っ直ぐ歩くように少し方向を変えてあげる。横断歩道を渡り、左の曲がる時目の前に床屋があったので「ここにしよう」と言いそのまま直接床屋に入ってすぐに散髪を行う。非常に落ちついていた。床屋を出て「やったじゃん!」とお尻をポンと叩いてあげると本人もニコニコしていた。そのまま真っ直ぐ家までたどりつく。

(3) 考察

 本人への指導に関しては1つの転換点がある。10/23までの取り組みと11/4からの取り組みである。緊一入所当時から10/23までの取り組みではつねりや噛み付き、破壊行為などの他害となる大きな問題行動に関して作業や生活の場面において基本的に制止する対応を取ってきた。他の行動(こだわりや声だし等)に関してはある程度緩やかな対応であったと言えよう。それは施設内では確かに有効であった。ある程度環境的に保護された状態で社会的には閉じられた枠の中で処理すれば良かったのである。しかし、彼への指導の中で通勤訓練を行うことによってこちらの指導の甘さと考え方の甘さが露呈された。歩道を歩き、バスに乗り、切符を買い、電車に乗り、雑踏の中を歩いていくという開かれた世界の中でこちら側ではいわゆる「自主性を待つ姿勢」であり彼にとっては「自発的な行動」というある種の期待を持って取り組んでいた。しかしそれが10/7の帰宅途中の出来事であり、10/14の駅のホームでの出来事であり、自宅からI駅までの寄り道や歩行時間の長さであった。このことによってこちら側の指導のあり方の変更を迫られることになる。
 それは「彼自身、時間的にも身体的にも普通の姿で真っ直ぐに家に帰るようになること。そうするためには取り組みが中途半端なこと。そしててらん広場での日常的な動作すべてがこの結果を生み出しているということ。彼の行動のすべてを注意深く見て、行動を整えてあげなければならないこと」教示するものであった。
 10/23の失敗から本格的な指導が始まった。あらゆる場面での問題となる行動の制止である。通常の人が歩き、バスに乗り、電車に乗る姿をイメージしながらそこで表れるほんの小さな奇異な行動でも自己コントロールするのを待つのではなく、奇異な行動が出る瞬間、あるいは出そうになる一瞬手前で止め、こちら側の最低限の援助で通常の姿を形作ってあげることを試みた。
 大きなポイントとなったのは第一に歩行である。歩行中の突然のダッシュ、立ち止まり、後戻りがあり、この行動を徹底的に指導した。ダッシュする瞬間に服を押さえてこちら側に引いてあげる。立ち止まったり、後戻りする瞬間にこちら側から押してあげる。歩くスピードも同じである。スピードが少しずつ上がってくるその時に普通に歩く速度に戻してあげるのである。瞬間というのがポイントで、1メートル先に行かれたり、後戻りされると歯止めが利かなくなり声出ししながら大きく崩れてしまう。そのようにされてしまう時は職員側のミスと考えた。そしてこの指導方法は通勤訓練の場面だけでなく、てらん内の作業場面や日常生活の場面にも適用されていった。社会という外の世界で通用するために施設の中の場面から指導する必要に迫られたのである。そしてこのことが大きく彼の行動をそして自分を含めた職員チームの意識を変えていった。
 また次にポイントとなったのは声出しである。彼の問題行動の大きな特徴はつねりと噛みつきである。しかしこの行動は突発的に起こるのではなく(原因として自分の要求が通らないこと多いが)、必ずその前段階で声だしや手叩きがある。その声だしや手叩きの段階で彼の行動を落ちつかせることが出来れば噛みつきやつねり等の極端に反社会的な行動を押さえることが出来るのである。その方法は歩行同様、声だしがはじまる瞬間、手叩きが始まる瞬間に声かけ等で声だしや手叩きを止めることがポイントとなる。そのことは家庭の中の生活でも適用されていった。そのことによって彼の家庭での生活自体も変わっていったのである。 

           

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