<<実践報告・論文集>>

精神薄弱者更生施設における心理的援助プログラムの試み
−青年、成人期の問題とその援助−
(その1)


<<目次>>

 (1) はじめに
 (2)事例報告
   (事例1)Aさん 23歳 女性
   (事例2)Bさん 35歳 女性
 (3)おわりに

※この論文は、平成10年3月横浜市福祉局発行
「施設事業運営報告書」に掲載された物です。

(1) はじめに

 近年、「精神薄弱」者を取り巻く環境は急速に変化している。「精神薄弱」から「知的障害」への用語の変遷、当事者活動の活発化、施設福祉から地域を基盤とした自立生活への移行など、用語問題から権利、生活までとその変化は多岐に及んでいる。
 このような動きは社会の要請であり、養護性に重きを置いた施設福祉が根底から問い直されるものでもある。精神薄弱者福祉法では更生施設を「18歳以上の精神薄弱者を入所させて、これを保護するとともに、その更生に必要な指導及び訓練を行うことを目的とする施設」としている一方、ノーマライゼーションの考え方とともに「これからの社会福祉には当事者参加と自己決定は欠かせない」(北野、1996)といわれる時代となり、障害の程度、施設生活の有無にかかわらず、彼らに見合った自立モデルが創造されねばならないようだ。
 しかし、長い間「保護」の名のもとに「指導及び訓練」を受けてきた精神薄弱者や、地域で生活しながらも「精神薄弱」のレッテルを貼られ生活してきた人々は、必ずしも社会のメインストリームを歩いてきたわけではない。これまでの社会における「精神薄弱」観が彼らの人格形成や情緒の発達にどのような影響を及ぼしてきたか。環境、社会との相互作用が人間の発達の大きな要因であるなら、そのことの影響を少なく見積もることはできないのではないであろうか。
 いうまでもなく自立は、何処に住みたいか、誰と住みたいか、どのような仕事に就きたいか等を自己決定するといった形式的な面だけではない。内面的な課題をも併せ持っている。たとえば、18歳以上の人々が利用する更生施設は、その年齢に見合った発達課題として、同一性の確立があげられよう。それは親をはじめとした養育者からの心理的離乳を果たすための重要な心理・社会的発達課題である。我々の施設の場合は、青年期、および成人期の人々が多いことが一つの特徴といえるが、この時期はまさしく、「子供から大人への移行過程の後半」に位置する。「精神薄弱」者であっても、健常者における青年期特有の心理・社会的な発達課題が存在するという諸外国の研究報告がある(夏野、1995)。また、成人ダウン症者のグループサイコセラピーにおいても、自発的に彼らの年齢に相応する発達課題的テーマが話されていることも観察されている(中川・宮崎・蒲生・井上、1998)。従って、今後より自立した生活や社会と直面する彼らは、エリクソンのいう「同一性対同一性拡散」という心理的課題をこれまで以上に、現実的に突きつけられることになろう。そのため、これらがバランスよく自己像に取り入れられるかどうかを見据えた援助の視点も重要ではなかろうか。
 自立生活への移行以外にも、精神薄弱者施設にはこれまでのような「保護」と「指導及び訓練」だけでは解決できない課題がある。虐待などにより心の傷を負った人々、様々な神経・精神症状を呈する人々の存在である。ICD-10によれば「精神遅滞者にはあらゆる精神障害が生じうるし、他の精神障害の有病率は一般人口に比べて3〜4倍多く見られる」といわれている。また、「成人精神遅滞者は、平均的知能の成人と同様の精神病理の障害を示す」(Cherry,Matson,Paclawskyj,1997)との指摘もある。事実、我々の施設の入所状況をみても、かつてのいわゆる単純型精神薄弱の利用者だけではなく、行動障害、精神障害の合併、様々な家族背景や外傷体験をもつ利用者がいる(表1-1, p68)。そのことを示す一例として、定期的に精神科を受診している利用者は 70名中54人と、利用者の70パーセント以上を占めていることがあげられる。そのうちてんかんを合併する利用者は24名いるが、てんかん以外の精神疾患の利用者も少なくない。さらにてんかんの合併例においても、他の精神症状ももつなど、複雑な外傷体験をもっているものも少なくない。単に精神病理の問題だけでなく、それぞれの家族、生活史とも彼らの状態像は複雑に絡み合っていると思われる。
さらに、精神薄弱者施設の場合、一口に「精神薄弱」といってもそのIQレベルは測定不能から境界線級までと幅広く存在し、共通の特徴を示すことは難しい。
 しかし、家族機能や外傷体験というファクターで一人一人の課題を整理すると、共通点が見いだせる場合がある。中でも近親者などから身体的または心理的虐待を受けた人々は、何らかの神経・精神症状を呈し、行動化しやすく、衝動性が高い傾向にあったり、心気的症状を示すことも少なくない。このような人々はこれまでの「指導及び訓練」の適用だけでは内的な課題としての自立が達成しにくいと考えられ、「保護」という視点を超えた、外傷体験からの回復を目指すプログラムが必要と考えられる。
これらのことから、精神薄弱更生施設の機能は、@ 自立に向けた支援として、物と形を整えるだけではなく、心理・社会的な発達課題としての自立をも視野に入れた場であり、A 「保護」「指導及び訓練」の場のみではなく、様々な外傷体験からの回復を目指す場、という一面ももっているといえよう。
 現在、我々の施設では、複雑な家庭環境のもと保護者から適切な養育をうけず、多様な行動、症状を呈して、入所に至った青年、成人期以降の女性について心理的援助プログラムを行っている。
 ところで、青年期および成人前期の人々に対する心理療法での面接者の主要な役割は「発達を援助する役割と内的・心理的課題に取り組むことを援助する役割が挙げられる」(藤沢・一丸・武内・鶴田,1998)。さらに面接者の基本的な姿勢としては、親から心理的に「分離し自立しようとする青年の動きを支持し、分離をめぐる感情を丁寧に扱うことが大切である」ことが指摘されている(藤沢ほか、1998)。すなわち、この時期の人々に対しては、様々な不適応行動を病理モデルとして理解するだけではなく、青年が大人へと成長する時期におこる心理的葛藤を発達上の危機としてとらえ、理解することも重要と考えられる。
 そこで、本報告では青年、成人期の2例に対して行っている心理的援助プログラムについて報告し、若干の考察を加え、検討する。
 いずれの事例も行動化が激しいタイプではあるが、事例1は、感情を言語化することが困難なために描画法を中心とした非言語的アプローチを試みた。事例2はIQ、言語性ともに高いことから個人面接を行っている事例である。

<文 献>
・E.H.エリクソン(1959)小此木啓吾(訳編) (1983) 自我同一性−アイデンティテ ィとライフサイクル− 誠信書房
・K.Cherry,J.Matson,T.R.Paclawskyj.(1997).
 Psychopathology in Older Adults With   Severe and Profound Mental Retardation.
 American Journal on Mental    Retardation,101,445-458.
・定藤丈弘・佐藤久夫・北野誠一編(1996) 現代の障害者福祉 有斐閣
・鑪幹八郎編(1984)アイデンティティ研究 の展望T、ナカニシヤ出版
・鑪幹八郎編(1995)アイデンティティ研究 の展望V、ナカニシヤ出版
・鑪幹八郎編(1998)精神分析的心理療法の 手引き、誠信書房
・中川剛太・宮崎美里・蒲生としえ・井上直 子.(1998)青年期以降のダウン症者に対する集団精神療法−スクリーニング・ グループによる適用可能性の検討−.集 団精神療法,14,42-47.
・WHO.ICD-10 精神および行動の障害. 医学書院.

             

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