<<実践報告・論文集>>
| (2) 事例報告 (事例1)Aさん 23歳 女性 @プロフィール 障害/診断名:中等度精神遅滞 てんかん(精神運動発作) 入所期間: 5年 家族:母、兄、兄嫁、兄 生育歴、家族歴は第2節の2に記述したとおり。 心理検査: 田中ビネー検査(87年全訂版) MA 7歳10ヶ月、IQ44 グッドイナフ人物画検査 MA4歳10ヶ月、IQ30 A 心理的援助プログラム(個別指導セッション)の実際 Aさんに対して行っている個別指導の経過をバウムテストを指標に用いて振り返る。(この個別は現在も継続中なので、途中経過報告ということになろうか。) 前半は認知学習を中心に、アセスメントと個別プログラムを行った。後半では、非言語的なアプローチを用いて、心理療法を試みた。 認知学習指導では、福祉的就労を十分に行うだけの力があることが確認されたが、その一方でセラピスト(以下Th)との対人接触で、大きな進展がみられず、特に情緒的な質問、感情表出を要求されるような質問ややりとり−楽しい、つまらない、怒る、寂しい−には、言葉で反応できないことが分かってきた。そこで、描画法中心の非言語的アプローチによる心理療法を導入した。 ここで指標とするバウムは3枚である。1枚目は個別指導開始前にとったもので、95年10月実施(以下ではB@とする)、2枚目は指導開始より9ヶ月目の96年6月に実施したもの(以下BA)、3枚目は指導開始より約1年半経過後の97年4月に実施したもの(以下BB)である。 ここでは分析の基準を幹と樹幹部に絞ったが、それは治療的人格変化また自我の発達が集約されるといわれていることによる(林等、1994)。 T 分 析 (a) バウムの大きさ バウムは手のひらを基準にB@<BA<BBと、時系列に拡大し、用紙の使用量も増加している。指導と共に自己主張的、積極的に内面を表現するようになっていること、自己表現への意欲の高まりが示されている。 (b)幹 a; 幹の太さ B@<BAの変化が顕著であるが、B@の時点でも幹に細さはないことから、Aさんのもって生まれた素質、生命力を感じさせる。 b; 幹の表面 B@=BA=BBいずれにおいても幹の表面が描かれることがなく変化がない。幹は外界との接点を表すということから、彼女の行動面では大きな変化が見られず、外界に対して不適切な防衛の仕方をとっていることとの関連が考えられた。 (c) 樹幹部の表現 B@→BA→BBと枝先の描き方(枝先直〜尖状枝)、枝先の出現に変化が見られる。 樹幹部は精神的肉体的エネルギーを表すと言われる。B@の時点では建設的にエネルギーが使えなかったのが、BBの時点では感情表出を狙ったプログラムなどでエネルギーが枝から枝へと流れはじめた状態が出現していることが示されている。 (d) バウム全体の成熟感 これは絵をみた直感的印象で判断するものだが、BBでは成長過程の木という印象。枝振りは細いが用紙の使用量、バウムの大きさともに成長が認められる。BAはその時点で行っていた学習課題を反映してか堅さがあるが、Aさんの内的世界に広がりがでていると思われる。 U バウムの分析結果に関する考察 3枚のバウムは、この約1年半でのAさんの内的世界の変化を物語っている。では、一体Aさんの何が変化し、また何が変化していないのか。バウムの分析結果から考えられる点をあげる。 (a) 自己表出 個別指導のみの時点でのバウムは変化がありながらも、樹幹部に固さが残っている。Thとの非言語的コミュニケーションを狙ったプログラムを個別指導でも取り組み、精神的エネルギーの放出、自己表現を促す月1回の音楽療法の導入が相乗効果をもたらしはじめた頃から、特に樹幹部に変化が見られはじめるようになっている。 (b) 対人間の距離 指導開始後しばらくは課題の性質もあり、黙々と行っている場面が多く、こちらが質問しても聞き取りにくい声で答えるか、わからないと首を振るばかりであった。しかし、バウムの変化と共に徐々に自発語も増えた。他利用者との合同学習も相補的に効果を上げたと考えられる。 (c) いわゆる行動化の問題 変化が認められない部分としてTの(b)でも触れたように、幹の表面に変化がない。また地平、根、幹の基部の描写がない。これらの部分はいずれも環境、外界、対人接触のあり方が投影される部分といわれ、Aさんが環境との距離の取り方に困難を来していること、現実検討能力が弱く、衝動性のコントロールが不完全であることを表していると考えられた。 これらバウム上で変化の出現しない部分とAさんの生活場面で変化が生じていない点とが関連しているのであろうか。バウムでの変化からは内面の変化が見て取れる。また学習開始間もない頃は何かを尋ねてもか細い声で、うつむき加減に答えていたのが、明るく、はっきりと答えるようになるが、この間も生活場面では盗みや服薬拒否、攻撃的行動(特に男性職員に対する)があったという。 96年6月に行った SCT(注1)では父に対する嫌悪感が表現されているのが印象的である。 (注1)投映法性格検査の一つ。未完成の文章を提示し、それを完成させる。 「<私がいやなのは>いえで、せいかつをちゃんとしたかった。おかあさんはおとうさんにおさらをなげられて、かわいそうでした。」 「<私の母がもう少し>しごとをいっしょうけんめいで、やすみません。むりしないでやすんでほしいです。」 「<私の父がもう少し>やさしくしてほしいでした。」 「<友だちの家庭にくらべて私の家庭は>むかしすごかったです。」 「<父は私のいうことを>あんまりいうことをきいてくれませんでした。じぶんかってでした。」(以上、SCTの回答より) これらのことをより理解するために、心理療法の導入は何かしらの手がかりを与えてくれると思われる。それは スクイッグル(注2)を導入したときの、彼女のそれまでにない、楽しそうな様子、バウムでの何か吹っ切れたかのような描き方から伺われた。 (注2)英国の精神分析医ウィニコットが考案した技法。なぐりがき技法ともいう。 V 心理療法導入後の様子 (a) 1997年3月〜9月 3月より、試行的に導入したスクイッグルを5月より本格的に行い始めた。交互スクイッグルという方法である。まずAさんにこのルールを知ってもらうために見本を示す。 Thがサーバーの役を取る。目をつぶり、殴り書きをする。Thはまるのような物をかいた。するとレシーバーであるAさんはそれを引き取り、そのまるのような形を「かたつむり」にした。次に役割を交代し、Aさんがサーバー、Thがレシーバーとなる。Aさんは雲のようなふわふわした並線を書いたので、Thがそれをソフトクリームに見立て、完成させる。これを3〜4回交互に繰り返す。この時は他に植木、サンタクロースを描いた。この次のセッションにAさんは自前の下敷きを持って現れる。私物を持ち込むのは初めてのことだった。黙ってその下敷きを私に差し出すので、「これを下敷きにして絵を描きたいの?」と尋ねると、「どっちでもいい。おいておく」と答えた。 Aさんの場合、言語で感情の交流をするのは難しい。具体的事実、例えば新聞に何が書いてあったか、スポーツの結果はどうだったか、誰がどこへいってどうしたということを話すことはできるのだが、それについて、じゃAさんはどう思ったの、どう感じているの、自分ではなにをしたいの、どうしたいのかは言葉にできない。そのために、肝心なとき(感情表出が必要なときという意味)に、行動化に走ってしまうのではないであろうかというのが、ここまでのThの作業仮説であって、このような投影法を治療的に導入してみたのである。それは非言語的であるが故に彼女に負担をかけずに、感情表出をはかることが狙える、すなわちAさん自身が気づいていない未分化な感情を描画を通して表出できれば、と考えたからである。 6月からは、コラージュも行っている。コラージュでは、アイテムに家具、食器、風景を選ぶばかりで、ほとんど人を選ぶことはなかった。10月に入り、コラージュでアイテムに人を選びはじめる。この頃から、「今日は貼り絵やりたいか、それとも絵を描きたいか」と選択をさせている。 これまでの印象として、特にスクイッグルでは彼女のイメージの豊かさには驚かされた。殴り書きされたものに見事にイメージを投影させていくのである。「わからない」とか「できない」とは言わないのである。恐らく、彼女の中には大きな感情の流れが無論あって、それを表出することがどこかで押しとどめられているのではないかと思わされた。 (b) 1997年10月〜1998年4月 10月、初めてThに質問をしてきた。それは「今度旅行行かないの」ということであった。コラージュで人が描かれるようになった頃より、セラピストに対してこのような個人的関心を示すような質問をしたり、作業所であったこと、仕事が大変、疲れるなどを時折ではあるが、話すようになってきている。そこで、こちらが調子に乗って、気持ちに焦点をあてると彼女はまた「かたつむり」のように殻に閉じこもってしまう。話したいときは話して良いし、話したくないときは話さなくて良いという雰囲気を作るようにした。 12月は風邪をひき、体調が思わしくない様子なので、心理的に負担の少ないカード模写などを行った。1月になり、冬休み後はじめてのセッションでは、入室するなり、「今日なにやるの?」と尋ねてくる。「何やりたいの」と尋ねると黙っているため、「絵を描くそれとも、新しいことやる?」と聞くと、「新しいこと」と答えた。ドミノゲームをする。並べている最中にドミノが誤って倒れてしまったとき、おなかのそこから「うっ」という声が出る。次の週にもう一度ドミノをするという。「むずかしいんだけどね」というので「難しいけど、やってみたいのね」とThが反射で返すと、「やっている間に、たおれちゃうんだよね」という。 ドミノ終了後、次のような会話をした。 Th「(ドミノをやって)どうだった?」 A 「半分しかできなかった」 Th「そうだね。なんでだろう」 A「隙間があいてたから、もう一つあればよかった」 Th「そうだね。くやしいね」 A「くやしいっていうか、うーん」 Th「惜しいね。残念だね」 A「うん、全部倒したかった」 このように会話は成立するようになってきたが、倒せなくて悔しかったという感情をまだ素直には表現する段階にはいたっていない。Thの感情表出の言葉に促され、倒したかった気持ちをやっと表現している。1月の最終日にはスクイッグルで蜘蛛を表現した。 2月に入り、職員に連れられてくる日があった。この頃無断外泊、外出が多いからだという。本人今日はやらないと言う。無理矢理連れてこられた様子なので、本人の意思を尊重した。やりたくないものをやるという性質の場ではないことを本人に知らせたかったためである。次の週からは再び一人で来室している。3月頃から言語的相互作用が増えてくる。3月半ばのセッションでは、「これねー、やったんだよー」と大きな声を出しながら、入室し、自分で新聞から切り抜いて作ったサッカー選手の名簿をもってきた。以下そのときのThとのやりとりを抜粋する。 Th「誰がすきなの」 A「M(ある人気サッカー選手の名)。ここにはいないけど」 Th「Mのどういうところが好きなの?、Aさんはどういう人がすきなのかな」 A「背が高くて、優しくて、やせている人」(ある選手の名簿を指しながら)「この人結婚しているんだよね」 Th「そうだね。ここに書いてあるね」 A「すごいねー。結婚して」(このあとすごいすごいを繰り返している) Th「すごいと思うのね、結婚が。結婚したい気持ちがあるのかな?」 A「まだしたくない」 Th「じゃ、将来かな」 A「うん」 子供がいる選手もいるねとThが話すと、すごいねー子供がいてという。 どんなところがすごいと思ったのと尋ねると、「だって、子供がいるとお金がかかるでしょ。サッカーしながら、お金貯めているんだね。」と言う。Thが「サッカー選手の奥さんになったら、どんなかな」と言うと「ご飯作ったり、洗濯したり大変だね」という。「Aさんは奥さんになったらどんなことしてあげたいの」と問うと、「手伝ってあげたい」と語った。新聞という媒介物があったとはいえ、これだけ長く言葉でやりとりできたのは初めてのことだった。しかも、結婚という微妙なテーマに対して、抵抗なく受け答えし、言語的相互作用をしている。結婚、子育てといった20代前半の女性なら当然憧れるあるであろうテーマをサッカーという題材をかりて、自然にとりあげることで、漠然としたものであるとはいえ、彼女が結婚を考え、そのことへの思いを「すごい」という言葉で表現している。 こういった言葉的相互作用が増えつつあることから、言語的相互作用をより促進し、なおかつ感情にアクセスできる課題を取り入れた。本を読みながら、そこで思ったこと、考えたことを絵にしたり、文字にしたりすることにした。この課題の初めは「自分の楽しいこと、好きなことを絵でも字でもいいから書いてみよう」というテーマでA4の紙と鉛筆を渡すと、すぐに、数人の女の子が「ダンスをしているところ」を書き上げた。 「絵の説明をしてくれる?」というと楽器やボールを使っていること、みんながお揃いのスカーフをしていること、など状況の説明はできる。Thの「楽しそうだねー、楽しかったんだね」との感情を意味する言葉に「うん」と答えた。次の週は、Aさんが無断外泊をした週であった。この日は「自分の得意なこと、いいところを絵でも字でもいいからかいてみよう」という課題。この日もすぐに絵を描きだした。A4の紙のほぼ中央に大きな犬を描き、その周りに柵を描く。犬の足下には小さい草が描かれる。説明を求めると「得意なの他にないから」と言う。これは何を意味しているのかと考えたが、この段階では解釈しないことにした。 4月最初のセッションで、グッドイナフ人物画検査を実施。'94年5月の人物画検査では、顔、手、足先が描かれていなかったが、今回、いずれも描かれている。服装、顔の表情もディテイルが描かれている。 4月の半ばのセッションで、感情表出が表れるようになってきた。描画では、ハイキングの絵を楽しそうに描いた。しかし、それを書き終えて退室する時に、なかなか席から立とうとしない。「どうしたの」ときくと最初はなんでもないと、机を指でなぞったりしている。そのうち「あのね、ピープルファーストでいくの」と来週からのアメリカ行きについて切り出す。行くことに決めたいきさつ、行きたいとおもったのはどうしてか、アメリカに行ったらどんなことがしたいか、Thに問われながら、話す。アメリカには行きたいが、会議は長くて「嫌だ」、職員から「言うこと聞かなきゃいけない」といわれて、嫌な気持ちがしたことを話してきた。この頃から、自分の嫌な気持ちを少しずつ表出するようになってきている。 W まとめと今後の課題 Aさんのように、感情を言葉にして、他者と相互作用をすることが不得手なタイプには、非言語的な活動を中心に個別プログラムを立て、活動を行ったあとに、その活動についてセラピストと言葉を交わし、いまここで生じたことを言語化させることが有効であった。この事例では、描画やドミノゲームを行ったあとで、言語的相互作用をおこなっている。そこでのセラピストの基本的な仕事は「感情の認知と反射」(アクスライン、1972)である。描画やドミノを行っている間に生じたであろう感情、−楽しい、悔しい、残念−などを認め、言葉で反射し、明確化する。 今後も、現在行っている技法を中心に、、徐々に言葉による相互作用を増やし、言語による心理療法に移行していきたいと考えている。それには今後も質問や会話の状況に工夫が必要であろうと考えている。一つには、「そのときはどんな気持ちだった」と尋ねるようなやりとりをするのではなく、彼女から具体的な話題が提供されたときに、こちらがそれに感情を表現する言葉を当てはめて返すという、これまでも行ってきた方法である。 Aさんの生活史やSCTに見る家族への怒りや依存は、彼女の感情生活の中心テーマであろうと考えられる。その感情に少しでもアクセスする方法を見つけだすのが、個人セラピーの一つの役目であろう。そして、そこで重要なことは、彼女が自分自身を知ることに楽しさを見いだせることではないかと最近考えるようになった。そして今回紹介したようにこの間のテスト上のまたセッション場面での変化を見ても、内面に様々な変化が生じており、今後も大きく変容する潜在的な力を持っていると思われる。 <文 献> 日本描画テスト・描画療法学会編(1993) 臨床描画研究[スクイッグル技法 金剛出版 日本描画テスト・描画療法学会編(1994) 臨床描画研究T]特集バウムテスト 金剛出版 V.M.アクスライン(1947)小林治夫(訳)(1990)遊戯療法 岩崎学術出版社 |
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